3.9.06.根岸競馬場跡(現根岸森林公園)
1.はじめに
根岸森林公園・根岸競馬記念公苑は、1866(慶応2)年に開設される日本初の常設の西洋式競馬場・根岸競馬場の跡です。
そこ頃の競馬は現在とは異なり、外国人と日本人の社交の場です。1881(明治14)年から約20年間に、明治天皇が13回行幸されて天覧競馬が開催されたこともあります。
関東大震災で被災、一旦は復旧します。1942(昭和17)年11月の競馬が最後で、1943(昭和18)年6月に閉場します。アジア太平洋戦争敗戦後はアメリカ軍の接収・返還を経て、1977(昭和52)年に根岸森林公園・・根岸競馬記念公苑が開園・開場します。
公園は起伏に富んだ芝生広場が広がります。青空の下で屈託なく遊ぶ子供たちの様子を見ると、日本の公園とは思えない趣が感じられます。と云うものの、春先は谷間の梅園が馥郁たる香りを漂わせ、桜山に花が開く頃は家族連れの花見客が広場を埋めて華やいだ様相を見せます。
楕円形の遊歩道が広場・桜山を取り囲み、桜山の後方に見え隠れする一等馬見所遺構がかつての競馬場の名残を微かに留めます。
2.昔日
2.1.設立の背景
第二回地所規則(1864(元治元)年)は、吉田新田の一つ目沼地(周囲一八町)を埋立てて調練場および競馬場にすると規定されます。整備は幕府が行なうことでしたが思うように進みません。
第三回地所規則(慶應二年)は、第二回の不備・欠陥が双方から指摘され、慶應二年一〇月発生の外国人居留地にもおよぶ関内の大半を焼失せしめた豚屋火事を背景にして火災防止、居留地安全が謳われます。そして競馬場は根岸湾を見下ろす原野に、すでに落成したものを用いることになります。競馬場は一万五、〇〇〇坪（四・九五ヘクタール）、日本初の洋式競馬場として発足します。
2.2.往時の様子
「中区地区沿革小史」によれば、往時の競馬場は現在と大分様子を異にするようです。
『慶応三年（一八六七）春。競馬場は外人の八〇％を占めていた馬好きのイギリス人が始め、春秋二回の競馬のないときは乗馬を楽しむ場所として造られた。外囲一七六八・三米、いまでもその規模は日本で第二を誇るものである。
競馬場といっても現在の喧騒を極めたギャンプル場の印象は全くなく市民挙げての牧歌的なお祭りであった。
また、面白いことに外交場に使われていることだ。明治天皇は合計十三回行幸し、明治政府の高官も朝早く東京から馬車を連ねてそこに通った。
とくに、イギリスとの外交諸問題を抱えていた日本はこの競馬場を外交の場として大いに活用した。』
吉川英治「忘れ残りの紀」に次のような描写があります。 『明治天皇の競馬好きは内外に著名であった。春秋の根岸競馬へは、前後十数回も行幸があったことかと思う。祭日か日曜日なので、ぼくらは学校の先生に引率されていたわけではないが、みんな日の丸の小旗を持っていた。いろは長屋の住民から町の男女の立ち並ぶ中に交じって、四頭立てオープンの菊花紋の輝く御馬車へ、歓呼と共に紙旗を振りぬいた。
道幅がせまい上に、両側の厚い人垣が押し合うので、陛下の鹵簿と群集とは、ほとんどスレスレな間隔しかない。どうかすると、後ろから揉み出された人波の凸出に、先駆の儀仗兵の馬が刎ねたりして、御馬車が行き淀んだりするのである。それはまた、ぼくら子供たちの歓ぶ事であり、その間、なお紙旗を打振って叫ぶのだが、手を伸ばすと、両側の紙旗は、陛下のお体にも触りそうなくらいであった。御馬車はオープンなので、陛下はお顔のそばに挙手の白い手袋をおかれ、時々、左右へ向って微笑されたりした。――そして競馬場のグランドの空には、打上げ花火がさかんに鳴る。――といったような風景が、遠い明治の一日として思い出される。
そうしたぼくら明治の人間の先入観では、大正、昭和にわたるあの物々しい、超警戒ぶりは、何ともわけが分らなかった。街頭の群集をみな敵と視るような、あの冷やッこい鹵簿の列と、幼時の印象とは、隔世の感があった。』
3.今日
4.引用
2.「横浜名所之内 大日本横浜根岸万国人競馬興行ノ図」
永林信実著 1872年発行 横浜市立中央図書館所蔵
（2025年8月19日制作）