1.1.はじめに
1.1.1.外国人遊歩道とは
横浜開港(1859)後、暫くして外国人遊歩道(1866)が完成します。
関内居留地から山手の尾根道を進み、根岸湾の波と戯れて関内居留地に戻る道筋です。ペリー提督がミッシッピー湾と命名した根岸湾や背後に広がる富士・箱根・伊豆の山々、次々に移り変わる景勝は異国で暮らす多くの外国人を慰め、楽しませます。
往時の写真、遊歩道南端近くの不動坂から根岸村・本牧岬(Treaty Point)・根岸湾(Mississippi Bay)の眺望(*1)および坂下の白滝不動前の茶屋(*2)、で様子が知れます。
なぜ外国人遊歩道はなぜ造成されたのでしょうか。
往時、関内居留地に住む外国人は、江戸を除く約40km(10里)の範囲に定められた外国人遊歩区域(*3)内を自由に外出できます。しかし幕末の世相は慌ただしく、尊王攘夷派武士などによる外国人殺傷事件が多発します。生麦事件(*4,1862)は、後に薩英戦争まで引き起こす外国人殺傷事件のなかで最も大事に至ります。
外国人遊歩区域は定められているものの、外国人が安全安心のうちに運動できる新道の造成が切望されます。そこで東海道筋を離れた本牧台地や根岸湾岸を周遊する新道・外国人遊歩道(1866)が完成します。
外国人遊歩道は、開港170年ほど過ぎた今でも往時とほとんど変わらない道筋がたどれます。往時の面影を知って遊歩道を進めば、短かくもあり長くもあるような時の移ろいを深く感じることでしょう。
1.1.2.誕生のいきさつ
外国人側から新道造成の要望が度々提出されますが、横浜居留地覚書(1864)で外国人側遊歩道(*5)の造成が決定します。
覚書第11条の要旨は「外国人が東海道方面に出向くことなく運動するため、根岸村を周遊する長さ7・8ｋｍ、幅6ｍを下回らない道路を幕府の費用で造成する」、さらに「提出済みの図面により、建築方頭取マヨールレーの差図にて、既に取掛りたる作業に従い実施する」とあります。往時の彼我の関係が知れますし、既に遊歩道の造成に着手していることが知れます。
踏道程度の仮工事は1864年10月に着工して１ヶ月で仮開通とも、1864年末に着工して翌年に完成とも云われます。本工事は1865年春に着工して９月に開通します。幅６m・延長９㎞ほどです。
遊歩道の途中に13の小憩所が建設され、根岸湾を俯瞰、「錦屏海」と称する本牧台地南側の断崖、本牧の田園風景などの景勝地が外国人の遊楽地になります。本牧十二天に至る枝道は、1867年の改修で造成されます。
1.1.3.新道の評判(「A HISTORICAL GUIDE TO YOKOHAMA(*8)」の抄訳)
外国人は外国人遊歩道をどのように受け止めたか、現代の外国人向けガイドブックの一部をまとめます。
『本牧の風景はあまりにも美しいので誰もが魅了されます。海岸に面したこの台地が注目を集めるようになるのは、1864年に幕府が５マイルの遊歩道を建設した後のことです。外国人殺傷事件が発生する可能性の大きい東海道方面から、外国人を遠ざける目的があります。居留地住民はそれを「新道」と呼びます。翌年、幕府は馬車が通れるように道路を拡幅したので、「馬車道」とも呼ばれるようになります。道は地蔵坂を上り、現山元町を通り、台地上を進みます。1866年、そこに日本初の競馬場が建設されます。
台地からは、ペリー提督が自身の船にちなんでミシシッピ湾と命名する根岸湾が見渡せます。競馬場の観覧席から帆が点在する湾、港を行き交う船舶、うねる肥沃な田園、遠くに見える神奈川宿、そして(背後に)富士山のパノラマで祝福されます。「これ以上美しく完璧なパノラマは想像しがたい」とブラックはファーイースト紙に書きます』。
競馬は、外国人にこの上のない楽しみの様に感じられます。日本人は興味深げに見守ったことでしょう。根岸競馬場(*6)の遺構は現存します。
引用
*1.「Mississippi Bay from the New Road(1860s)」
Felice Beato Museum of Fine Arts Boston
*2.「Fudou at Negishi, Yokohama」 collections Museum of Fine Arts Boston
*3.「description map shewing the treaty limits round yokohama」 Hawes
*4.「生麦之発殺」 早川松山 wikipedia
*5. 迅速地図「神奈川県久良岐郡横濱區」明治15年1月、加筆
*6.「横浜名所之内 大日本横浜根岸万国人競馬興行ノ図」
永林信実著 1872年発行 横浜市立中央図書館所蔵
*7 「角川日本地名大辞典14 神奈川県」 角川日本地名大辞典編纂委員会
*8 「A Historical Guide to Yokohama」 バーリット・セービン 2002年10月30日 有隣堂
（2025年8月16日制作）