3.1.21_1.2.生麦事件について

1.生麦事件とは

1.1.生麦事件

　生麦事件は生麦立場で、薩摩藩前藩主・島津久光一行と４人の英国人一行が交錯して発生します。久光一行は東京高縄の薩摩藩下屋敷を出発、神奈川宿泊の予定でした。しかし事件発生後の外国人たちの反撃を恐れ、急遽保土ヶ谷宿泊に変更します。
　英国人一行は居留地から舟で神奈川湊に上陸、陸路回想した馬に騎乗して川崎方面に進みます。
　事件発生当日の生麦立場から保土ヶ谷宿までの間は、当事者ばかりでなく役人・住民は大変な一日だったことでしょう。

　 1862年9月14日(文久2年8月21日)午後、旧東海道・生麦立場(現横浜市鶴見区生麦町)付近で、騎馬の英国人四人と薩摩藩主島津茂久(忠義)の父・島津久光の行列が交錯して発生、後の薩英戦争の発端となります。

　被害を受けた英国人四人は、
　　　リチャードソン(死亡)　上海在住の商人
　　　マーシャル(重症)　　　横浜在住の生糸商人
　　　クラーク(重症)　　　　ハード商会勤務
　　　ボローデル(無傷)　　　マーシャルの義姉、香港在住のイギリス人商人妻
です。リチャードソンとボローデルは横浜観光のために、それぞれ来日します。

1.1.英国人一行四人の動き

　事件当日、英国人一行四人は舟で洲干湊から神奈川湊に渡り、待たせてあった馬に騎乗して旧東海道を川崎方面に向かいます。リチャードソンとボロ―デル夫人は日本に到着したばかりで、残る二人に案内を託しています。

　薩摩藩一行は京都に向けて江戸を出発、宿泊予定地神奈川宿を目指して旧東海道を進みますが、事件が発生したため居留地に近い神奈川宿を避けて一つ先の程ヶ谷宿に変更します。

　英国人一行が歩み初めてから束の間、道幅いっぱいに広がって進んで来る大名行列の中に騎馬で紛れ込みます。日本の習慣を知らず言葉も通じない一行は、久光の駕籠の近くまで入り込んで警護の供頭奈良原喜左衛門ら数名の藩士に斬り付けられます。

　致命傷を負ったリチャードソンは騎馬で逃げますが、現生麦事件碑付近で落馬、追ってきた藩士に止めを刺されて落命します。重傷を負ったマーシャルとクラークは騎馬で神奈川宿のアメリカ領事館(現本覚寺)に逃げ込みます。唯一の女性で無傷のボローデルはアメリカ領事館に入り損ね、騎馬で山下居留地まで逃げ戻ります。
　恐怖に襲われながら一人で逃げ戻るボロ―デル夫人は、何とも心細いことだったでしょう。かすかな希望があるとすれば、終始、海の向こうに居留地が見えていたことだったと思います。

1.2.外国人遊歩規定

　居留地に居住する外国人は、どこまで自由に行動できたのでしょうか。
　殺傷事件発生以前の1858(安政5)年に外国人遊歩規定が定められます。規定によれば外国人は開港場から10里(約40Km)、山下居留地の場合は概ね多摩川以南・酒匂川以東、三浦半島南端を除く範囲内になります。
　ただし大名行列などの通過予定のある日は外出を控えるように通達されたようです。事件当日にも通達はあったようですが四人には届いていなかったのでしょうか、無視したのでしょうか。

1.3.街道の道幅

　英国人一行と薩摩藩一行はすれ違えなかったのでしょうか。
　事件発生現場は旧東海道上であり、明治時代に国道一号指定、大正時代になって交通量増大対応の改築が始まります。現在の道幅は概ね約10mほどで、往時より拡幅されていると容易に想像できます。
　往時の道幅は、御遺状(家康)百ヶ条の記述が参考になります。旧東海道は大街道で六間幅(約10.8m)が基準ですが、造成・維持の費用を勘案、多摩川以西は三間幅(約5.4m)程度と云われます。旧東海道を跨ぐJR国道駅の橋脚が約四間(約6.4m)であることは、旧東海道の道幅は三間幅程度の根拠と云えそうです。ちなみに、旧東海道を逸れて居留地に向かう横浜道は三間幅で造成されます。
　貞秀は生麦付近を行く大名行列の様子は描いています。これを参考に結論を求めれば、往時の道幅で英国人一行と薩摩藩一行はすれ違えなかったでしょう。特に殿様の駕籠に前後する本隊付近では無理です。
　行列の前方で引き返すように云われたようですが、もし言葉が通じれば惨劇に至らなかったかも知れません。

1.3.1.100年前のJR鶴見線国道駅周辺

　鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)の駅として1930(昭和5)年10月に開業しますが、少し前の付近の様子には生麦事件発生現場などが写り込んでいます。

　駅は鶴見線と国道15号(第一京浜国道)の前身である当時の国道１号が交差することから命名されます。ちなみに旧東海道は明治時代に１号国道と指定されます。
　昭和の俤を残した駅舎は鉄道ファンに愛されているようです。また外壁の一部に、太平洋戦争の空襲で受けた機銃掃射の弾痕が残ることも良く知られています。国道駅と京急線花月総持寺駅間は徒歩5分ほどで、かつてはここで乗り継ぐ京浜工業地帯への通勤者で賑わいましたが今は失せています。

1.4.薩英戦争

　生麦事件処理のために、イギリス代理公使ニールは幕府に謝罪と賠償金10万ポンドを要求します。幕府は賠償金を一旦支払うことにしますが、支払期日の前日に支払い延期を通告すると、ニールは怒って軍事行動を示唆します。
　さらに薩摩藩に統制が及んでいないとして、艦隊を薩摩に派遣して犯人の処罰および賠償金2万5千ポンドを直接交渉で要求すると通告します。

　幕府との交渉後、イギリスは薩摩藩との直接交渉のために軍艦7隻を鹿児島湾に入港させますが、交渉は不調に終ります。イギリス艦による薩摩藩船の拿捕をきっかけに薩摩藩がイギリス艦隊を砲撃、薩英戦争が勃発します。
　薩摩藩は、鹿児島市街で500戸以上が焼失するなど大きな被害を受けます。イギリス艦隊側の損傷も大きく、鹿児島湾を去って戦闘は収束します。
　戦争後、薩摩藩は彼我の軍事力の差を目の当たりにして攘夷の声は急速に下火にり、藩論は開国へと転換します。

　薩英戦争記念プレートが旧英国領事館(現横浜開港資料館休館)の壁面に取り付けられています。古い話のようですが、史実は何らかの形で語り継がれます。

2.引用

1.「日本地理大系第４巻関東篇」改造社 1930.1
2.「横浜市史第２巻」　横浜市　昭和34年3月31日
3.「生麦事件」　横浜市教育委員会文化財課　1992.8
4.「薩摩とイギリスの出会い　生麦事件(英国側資料から見る)　宮沢真一　1987.9
5.「白地図(外国人遊歩規定)」　Craft MAP

(2022年2月18日制作、2025年4月6日更新)