1.はじめに
1.1.ねらい
野毛(ノゲ)は崖を意味する地名の一つです。中世には能化とも書かれたようです。
幕末に描かれた五雲亭貞秀「御開港横浜之全図」(1860)は中央から右に、海から屹立する崖を描きます。この辺り、旧東海道程ヶ谷宿付近まで入り込んだ袖ケ浦の南側に広がる一帯が旧戸部村です。村内の標高50メートル前後の丘陵一帯が野毛山です。前に広がる海が野毛浦で、浦に面した低地が野毛村です。浦で隔たられて対岸が横浜村です。
1858(安政5)年、日米修好通商条約締結により神奈川開港が決定します。開港による不測事態発生を恐れた幕府は辺鄙な横浜村を開港場に決定し、開港までに成すべきことを次のように整理します。
1.横浜村中央に運上所を設ける
2.運上所北側の海岸に波止場を二か所を設ける
3.運上所を境界に東を外国人居留地（山下）、西を日本人町とする
4.戸部村の宮ケ崎に神奈川奉行所の役宅を設ける
5.東海道芝生と開港場を結ぶ横浜道を設ける
このうち野毛山に直接関係するのが 4.神奈川奉行所の役宅を設ける、5.横浜道の設ける の二つです。
辺鄙な野毛山に神奈川奉行所を設ける理由は、外国人に内政を知られないため、非常時には地形を生かして城砦化するためです。そして交通不便を理由に横浜村を開港場に決定したものの、人物の移動を便利にするために開港場と旧東海道芝生村(神奈川宿西側)を結ぶばなければならないという矛盾に満ちた基幹道路が横浜道です。
こうして野毛山一帯は大きく変貌することになります。この路上観察では往時の痕跡や今に至る様子を探ります。
1.2.観察範囲
横浜市西区のみなとみらい地区から西側に見える丘陵地が、武蔵国風土記などに記述される古い野毛山です。
いま云われる野毛山は往時より範囲が狭くなっていますが、隣接して伊勢山・紅葉ヶ丘(掃部山かつては不動山)
「ノゲ」は崖を意味する地名、横浜開港の頃は崖の上を野毛山、下を野毛浦(現野毛町)と呼びます。 野毛は横浜開港を目前にして大きく変化します。旧東海道と寒村の横浜村を結ぶ横浜道が突貫工事で造成されます。近くに神奈川奉行所が建設され、周辺は一大行政拠点となります。明治初めに横浜総鎮守の伊勢山皇大神宮が遷座し、明治中期には豪商たちの邸宅が建設されます。伊勢山離宮も建設されますが、往時を偲ばせるものは残りません。
かつての海沿いの丘上を、あわただしくも躍動する時代の息吹を感じながら辿る路上観察です。距離は4km少々、標高差約50m。歩行時間2時間弱で、長い観察時間は含みません。
1.3.参考文献
1.「御開港横浜之全図・増補再刻(部分)」五雲亭貞秀 1859(安政6)年 国立国会図書館蔵
(2020年5月15日制作)